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東京地方裁判所 昭和60年(ワ)9734号 判決 1987年1月21日

原告 環境衛生金融公庫

右代表者理事長 山下眞臣

右業務受託者 国民金融公庫

右代表者総裁 田中敬

右代理人 和田唯志

右訴訟代理人弁護士 桑原収

同 小山晴樹

同 森本紘章

同 渡辺実

同 堀内幸夫

被告 ラサミ商会有限会社

右代表者代表取締役 石川ラサミ

右訴訟代理人弁護士 池田保之

主文

被告は、原告に対し、金五三三万五七二〇円及びうち金五三〇万円に対する昭和五八年一二月一一日から支払済まで年一四・五パーセント(一年に満たない期間については一日〇・〇四パーセント)の割合による金員を支払え。

訴訟費用は、被告の負担とする。

事実

第一、求める裁判

一、請求の趣旨

1. 被告は、原告に対し、金五三三万五七二〇円及びうち金五三〇万円に対する昭和五八年一二月一一日から支払済まで年一四・五パーセント(一年に満たない端数期間については一日〇・〇四パーセント)の割合による金員を支払え。

2. 訴訟費用は、被告の負担とする。

3. 仮執行宣言。

二、請求の趣旨に対する答弁

1. 原告の請求を棄却する。

2. 訴訟費用は、原告の負担とする。

第二、主張

一、請求原因

1. 原告の業務受託者である国民金融公庫(以下国金という。)は、昭和五八年一月二四日、被告の代表取締役としての難波匡(以下難波という。)に対し、左記約定のもとに金六〇〇万円を貸付けた。

(一)  元本は、昭和五八年五月から昭和六三年四月まで毎月一〇日限り金一〇万円宛分割弁済する。

(二)  利息は年八・二パーセントとし、元本支払のつど支払う。

(三)  遅延損害金は年一四・五パーセント(一年に満たない端数期間については一日〇・〇四パーセント)とする。

(四)  元利金の支払を一回でも怠ったときは、当然期限の利益を失う。

2. 難波は、被告の取締役であったところ、右貸付に先立つ昭和五八年一月頃、定款の規定により被告の取締役の互選をもって代表取締役に選任され、就任した。

3.(一) 仮に右取締役の互選がなかったとしても、被告は、難波と被告の現在の代表取締役石川ラサミ(以下石川という。)の二名のみが社員として出資、設立し、経営していた会社であるところ、石川は、右貸付に先立つ昭和五八年一月頃、難波が代表取締役に就任することにつき承諾した。

従って、被告の社員である石川、難波両名の意思の合致があった以上、難波の代表取締役就任は有効である。

(二) 仮に、難波の代表取締役就任があったとはいえないとしても、右石川は当時被告の代表取締役であったから、石川が右承諾をしたことは、被告が難波に被告を代表する権限を与えたものというべきである。

(三)  仮にそうでないとしても、被告は難波に代表取締役の名称を与えたのであるから、難波は表見代表取締役というべく、国金は難波を被告の代表取締役と信じて貸付けたから、被告は難波の前記貸付を受けた行為につき責任を負う。

4. 被告は、昭和五八年一二月一〇日の支払期日を徒過した。

5. よって、原告は、被告に対し、右貸金残元本五三〇万円及びこれに対する昭和五八年一一月一一日から同年一二月一〇日まで年八・二パーセントの割合による利息金三万五七二〇円の合計五三三万五七二〇円並びに右残元本五三〇万円に対する昭和五八年一二月一一日から支払済まで約定の年一四・五パーセント(一年に満たない端数期間については一日〇・〇四パーセント)の割合による遅延損害金の支払を求める。

二、請求原因に対する認否

1. 請求原因1の事実は不知。なお、被告には貸金六〇〇万円が入金していないから、被告に対し貸付があったとはいえない。

2. 同2のうち、難波が当時被告の取締役であったことは認めるが、その余の事実は否認する。

3.(一) 同3(一)のうち、被告に対し難波と被告の現在の代表取締役石川の二名のみが社員として出資していることは認めるが、その余の事実は否認する。

(二) 同(二)のうち、石川が昭和五八年一月頃被告の代表取締役であったことは認めるが、その余の事実は否認する。

(三) 同(三)の事実は否認する。

4. 同4の事実は不知。

三、抗弁

1. 仮に、難波が本件六〇〇万円の借入当時被告の代表取締役であったとしても、以下に述べるところから、右借入について難波のした意思表示には、民法九三条但書の類推適用があり無効である。

(一)(1)  被告の出資金の総額は一〇〇万円であり、その資産、営業内容、収支の規模が弱小であることから、被告にとって本件六〇〇万円の借入は多額の借財というべきである。従って、右借受には取締役の過半数による決定を要する。

(2) 右借受当時、被告には難波の他石川及び訴外権代町子(以下権代という。)の二名の取締役がおり、取締役は全部で三名いたが、難波は石川又は権代の承認を得ていない。

(二)  本件六〇〇万円の借入は、難波が自己個人用に消費するためにし、現実に自己個人用に消費した代表権濫用にかかるものである。

(三)  左記の事実又は調査方法により、原告は、(一)(2)、(二)の事実を当然知り得た。

(1)(イ) 難波が本件六〇〇万円の借入を申込んだのは昭和五七年九月二二日であるところ、被告の商業登記簿謄本によると、難波は昭和五七年八月九日に代表取締役に就任し、同年九月二〇日これを辞任し、同日石川が代表取締役に就任したことになっているから、難波は同月二二日には被告の代表取締役でなかったことは明らかである。

原告は、貸付に際し新たに被告の商業登記簿謄本を調べるべきであったところ、右調べをなせば(被告は、その頃新しく右謄本を徴している。)、右事実を知り得たのであり、そうすれば、難波が、自己が代表取締役ではないのに代表取締役と称して購入申込をしたことを知り得た。

(ロ) 被告の登記簿謄本を調べれば、被告の取締役として石川及び権代がいることも知り得た。

原告は、貸付に際し、被告の定款も調べるべきであったところ、これによると、被告の出資金の総額一〇〇万円、社員及び出資口数は石川が九〇〇口、難波一〇〇口の記載があったから、原告において右定款を調べれば本件六〇〇万円の借入が被告にとって多額の借財にあたり、しかも被告の実質的なオーナー又は最も有力な出資者が石川であることも知り得た。

(2) 右(1)(イ)によると、原告としては、難波の借入申込に対し不審を抱き、これが被告のためにするのかどうかの調査をするべきであり、右(1)(ロ)によると、原告としては、右借入につき取締役の過半数の決定があったかどうかを調査するべきであり、右いずれにしても、その調査方法としては難波、石川及び権代にこれらの点を問合わせるべきであった。しかし、原告はこの調査方法を採らなかった。

2. 仮に、原告が難波を代表取締役であると信じたとしても、右1に述べたところからすると、原告にはそう信じるにつき重大な過失があった。

四、抗弁に対する認否

1.(一) 抗弁1冒頭の主張は争う。

(二) 同(一)(1)のうち、被告の出資金総額が一〇〇万円であることは認めるが、その余の事実は否認する。

被告は、民芸品、古物品、美術品その他の売買輸入の業務、ゴルフ会員券の売買及びその仲介業務、バー、ナイトクラブの経営等一一項目にわたる業務並びにこれに附帯関連する業務を行うことを目的として設立されたが、このような会社にあって六〇〇万円程度の借入をすることは通常日常業務に属する事柄である。

同(2)の事実は否認する。

(三) 同(二)の事実は否認する。

(四)(1) 同(三)冒頭の事実は否認する。

(2) 同(1)(イ)のうち、本件六〇〇万円の借入申込がなされたのが、昭和五七年九月二二日であることは認めるが、その余の事実は否認する。

同(ロ)のうち、被告の社員及び出資者は石川と難波の両名であったことは認めるが、その余の事実は否認する。

(3) 同(2)の事実は否認する。

(4) 本件六〇〇万円の借入申込については、資金の使途は店舗の改装ということであり、被告は東京都衛生局環境衛生部長の作成にかかる推せん書も提出した。国金の担当者訴外柳原は、支店において難波から経営内容等の事情を聴取するとともに、同年一〇月一五日には被告の営業しているバーを実際に訪れ、難波だけでなく石川とも会い営業の実際、借入金の使途等につき調査を行った。その際石川も本件借入を承知しており、内装を新しくすることを認めていた。

2. 同2の事実は否認する。

第二、証拠<省略>

理由

一、請求原因について

1. <証拠>によると、請求原因1の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

2. 請求原因3(一)のうち被告の社員が昭和五八年一月頃難波と石川のみであったことは当事者間に争いがないところ、<証拠>によると、請求原因3(一)のうちその余の事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

二、抗弁について

1. <証拠>によると、次の事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

被告は、昭和五四年四月、石川九〇万円、難波一〇万円の合計出資金一〇〇万円をもって設立された。被告は、同年一〇月頃から、東京都港区赤坂二-六-二〇赤坂屋ビルにおいてバー「アユタヤ」を営業することをその唯一の業務内容としていた。右設立以来、被告は石川と難波との共同経営下にあったが、昭和五七年九月二〇日頃までは、石川が右バーの運営にあたっていたものの、右以外の金銭の収支、借入等対外取引については難波が決定し執行していた。もっとも、右設立以来、石川及び難波の両名のみが取締役であったが、少くとも八月九日までは石川が代表取締役であった。石川及び難波は、同年九月二〇日頃、同日以降石川が被告の代表取締役として一切の業務執行権限を専有するものとし、難波は被告の経営から身を引く旨合意し、その見返りとして石川は難波に二〇〇万円を支払った。右合意以前、被告の商業登記簿には昭和五七年八月九日以降難波が代表取締役である旨登記されていたが、同年九月二五日、同月二〇日に難波が代表取締役を辞任し、石川が代表取締役に就任した旨の登記がなされた。また右合意と同時に権代が石川、難波の両名に加えて被告の取締役に選ばれ、同月二五日その旨の登記がなされた。

被告の営業規模は、取締役の他には従業員六名がおり、売上高が、昭和五六年四月一日から昭和五七年三月三一日までの一年間に二二〇九万円、所得金額が同期間に三〇万九〇〇〇円であった。

難波は、昭和五八年九月一八日頃、自己個人の用途にあてるため、被告のバー「アユタヤ」については改装計画がないにもかかわらず、右改装資金の名目で原告から融資を受けようと企てた。難波は、昭和五七年九月二二日、既に被告の代表取締役の地位になかったにもかかわらず、原告の業務受託者国金に対し、被告の代表取締役と称してバー「アユタヤ」の改装資金として六〇〇万円の借入申込をした。その後、昭和五八年一月一〇日、石川から、韓国から踊子を連れて来るためとの口実で、一時自己の代表取締役就任の承諾を得、同月一八日その旨の登記を経たうえ、同月二四日被告の代表取締役として原告から六〇〇万円の貸付を受け、これを被告のために使用せずに自己個人用に使用した。右六〇〇万円の借入については、石川及び権代は知らされていず、従って、右両名のいずれかの同意を得たものではなかった。

2. 右事実によると、本件六〇〇万円の借入は、被告の出資金額、営業規模からみて多額の借財というべきところ、有限会社については、商法二六〇条が準用されていないが、代表取締役が選任された場合といえども、右のような多額の借財については、明示に委任されていない限り、代表取締役に決定権が与えられているものとは解しえないから、右借入については有限会社法二六条により取締役の過半数の同意が要るものというべきである。難波は、右借入につき取締役過半数の同意を得ていない。従って、原告において本件六〇〇万円の借入につき取締役過半数の同意を得ていないことを知り又は知り得べきときは、右借入は被告に対し効力を生じない。

また、本件六〇〇万円の借入は、当時の被告の代表取締役難波が自己個人の利益をはかるため、その権限を濫用してしたものである。従って、原告において、難波の右真意を知り又は知り得べきであったときは右借入は被告に対し効力を生じない。

被告は、右2に述べた取締役の過半数の同意を得ていないこと又は難波の真意を原告において知り得べきであったと主張するので、以下この点につき検討する。

3. <証拠>によると、次の事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

難波は、昭和五八年九月一八日頃、本件六〇〇万円の借入申込をするにあたり、バー「アユタヤ」の改装計画がある旨の資料として業者から右内装工事の見積書を、東京都衛生局から右バー改築等資金のために融資を受ける推せん書を取り付けたうえ、融資申込書を作成し、右見積書、推せん書及び当時の被告の商業登記簿謄本を添えてこれを同月二二日被告に提出した。その際、難波は、申込書に被告の売上が、月平均二五〇万円、所得金額が昭和五六年度一年間で七二〇万円ある旨、資産として現金預金六〇万円、売掛金三〇〇万円、商品材料在庫二〇〇万円あり、負債が〇である旨記入した。

融資担当者である原告の業務受託者国金の従業員訴外柳原恒美は、同月二九日難波と面接し、税務申告書及び会計帳簿を提出させて調査をしたが、その結果、被告の年間売上、所得金額は1認定のとおりであること、被告の資産は、昭和五七年三月三一日現在現金預金が八五万九〇〇〇円、売掛金が九四八万四〇〇〇円、固定資産が一二七二万九〇〇〇円等の合計二五一二万三〇〇〇円であり、負債は借入金一九三五万五〇〇〇円、その他四七一万九〇〇〇円、うち料理飲食税の滞納分が三一三万九〇〇〇円であること、その後右税滞納額が急増し、六二九万七〇〇〇円となっていることを把握した。難波は、右面接の際、被告の経営者は自己であり、被告の商業登記簿上の住所は石川の自宅となっているが、実際の連絡先は難波の自宅である旨説明した。

右柳原は、同年一〇月一五日、クラブ「アユタヤ」に赴き、難波及び石川と会い、石川に自己紹介をした他、石川立会の場で、主として難波と貸付及び内装計画につき会話した。

本件六〇〇万円の貸付の連帯保証人には、難波及びその友人である訴外浜田勲と訴外大久保八十一とがなった。国金は、昭和五八年一月、難波から被告の新しい商業登記簿謄本を提出させ、難波が被告の代表取締役の地位にあることを確認したうえ、被告の内装工事資金とするための借入と考え、貸付を実行した。

4. 右認定事実に照らし検討するのに、原告の業務受託者である国金においては、貸付の際、難波は、融資の申込をし調査に応じていた間被告の代表取締役として振舞っていたが、真実はそうではなかったこと、また、難波が申込の際被告の資産、負債状況として述べたことが負債をはじめとして事実と大きくくい違っていたこと、被告の登記簿上の住所にかかわらず難波が連絡先として自己の自宅を届出、連帯保証人としても自己の友人を選定したことからすると、難波が他の取締役に無断で、又は自己個人の用にあてるため借入する疑いを差し挾めないことはないと考えられるが、他方、難波は、借入申込に際し、内装工事の見積書及び東京都衛生局の推せん書を提出していること、国金の担当者がバー「アユタヤ」を実地に調査し、その際石川に自己紹介をし、同人立会の場で難波と貸付、内装計画に関する会話もしていることに照らすと、前記各事実をも総合考慮しても、国金において、難波が石川等他の取締役の同意を得ず、従って取締役過半数の同意なしに、又は自己個人用にあてるために借入をすることを当然知り得たものということはできない。

他に、国金において右各事実を当然知り得たものというべき事情を証拠上認めることはできない。

従って、抗弁は失当である。

三、よって、本訴請求は理由があるから認容し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用し、仮執行の宣言については相当でないから付さないこととして主文のとおり判決する。

(裁判官 高田泰治)

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